今回は白石一文さんの「ほかならぬ人へ」を処方します。
白石一文さんは、その作品の中で一貫して世界の構造、愛することや生きることの意味について深く探求し、丁寧に言葉を紡いで表現されています。
感情表現の方法といいますか、技といいますか。
白石作品の世界観に引き込まれます。
なかでも「ほかならぬ人へ」は、自分にとって本当に愛すべき人はどういう人なのか、この人がいいと思える根拠は何なのかと、疑問を投げかける作品だと感じます。
そもそもの「愛とは?」を問う白石作品の魅力がぎゅっと詰まっています。
この作品(ほかならぬ人へ)は2009年に発表され、第142回直木賞を受賞しています。
本著は
- ほかならぬ人へ
- かけがえのない人へ
の、二つの作品が収録されています。
それぞれ文庫本サイズで180ページ、110ページほどで構成されているため、非常に読みやすいかと思います。
ここでは「ほかならぬ人へ」の内容について、読んだ感想を書き連ねます。
・恋愛をしている、またはしたい方
・優しい気持ちになりたい方
・大切な人を失ったことがある方
☑愛は永遠の営み

私はこの本を読んで哀しくなりました。
まだ愛することの意味を体現していないからです。
恋人はいてもどこか「愛」という意味はたいそうな気がする。
そんな高尚なものではないと思う日々。
どこまでもナルシシズムに侵された人間なのかと自分が嫌になる。
どうにかこの考えを改められないだろうか、まあ簡単にできるならとっくにそうしているはずだが。
数年前、その存在がいなくなって、心の底から悲しくなり、むせび泣いたことがあります。
それは愛犬の死。
8歳の時に兄弟で貯金とお年玉をはたいて、世話をすることを親に誓い、我が家にやってきた愛犬は、私が24歳の時に亡くなりました。
当時私は一人暮らしだったため、愛犬が亡くなる瞬間に立ち会うことはできませんでした。
最後の別れができなかった後悔、過ごしてきた時間の長さ、愛の深さゆえに猛烈に泣きました。
今でも、愛犬の存在を思い出すと涙が出てきます。
これらも一つの愛のカタチでしょう。
その存在はもうありませんが、現在進行形で愛しているといえます。
しかし本書で語られる、もっと人間的な愛。それはいったいなんなのか。
本書を紐解くと、
- 対象のために自己を犠牲にできるもの(=自己を変えられる)
- 意識しないと無意識に認めてしまうもの
ということが読み取れました。
☑対象のために自己を犠牲にできるもの(=自己を変えられる)

愛することは、その対象が存在を維持するために、自分を変えられることができるかどうかだと思います。
行動でも、習慣でもなんでも、自分の何かを変えることは面倒だったり、エネルギーを必要とします。
ときには、犠牲という言葉が合うような変化を求められることもあるかもしれません。
愛していない存在のため、わざわざエネルギーを使って自分を変えることに、意味はありません。
本書の二つの作品の中で出てくる人物は、
- 一人は自分の行動や考えを大きく変え、愛する対象とともに生き、
- またもう一人は自分を変えることなく、あるいは変えようと思っていたとしても時すでに遅く、愛する存在は去ってしまいます。
また、愛し合うもの同士のどちらか一方のみが、変化を要求されるようでは、愛は成り立たないと思います。
やがて無理がくるでしょう。
お互いが変わり続けられる、そして変わり続けてくれる信頼関係が愛なのかもしれません。
☑意識しないと無意識に認めてしまうもの

「恋は盲目」なんて言いますが、これはある意味言い得て妙です。
人間の視細胞は視神経の部分には存在していないため、どんな人にも盲点、つまり目に見えない点が存在しています。
これは皆さんの視野に必ず反映されているので、常にその影響下にあるといえます。
しかし盲点を意識して生活している人はいるでしょうか?
まずいないでしょう。
恋の段階だと盲点で見えていなくても構わないでしょう。
しかし愛は、この盲点のように当たり前にあるけど無意識なものを、あらためて意識することなのかなと感じます。
ふとしたきっかけで始まった関係は、やがて当たり前になります。
これは友人関係、恋人関係、家族関係などどんな関係性のことにも言えます。
人間はなれる動物です。あらゆることに慣れ、省エネルギーで生活するよう遺伝子にプログラムされています。
常に感謝し続けることは難しいです。
だとしても、なにかきっかけを設けてその存在に改めて感謝する。
無意識のままでいるのではなく、ちゃんと意識していることを伝える。これも愛なのかもしれません。
☑おわりに
初めて読んだ白石作品が、この「ほかならぬ人へ」でした。
このようにやさしく愛を描く作家さんに出会ったことがなかったので、この本は私の中で特別な一冊になりました。
このやさしさに触れたくて、何度も手にとっては読み返しています。
私自身の愛の意味も、問うていこうと思います。
老若男女問わず、読書をする人、しない人を問わず、誰にでも勧められる名作です。
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